Jul 25, 2011

引っ越しを感動した

理事は、体力があるわけですね。私は数年前に一人暮らしを始めたが、その時は本当に大変でした。家族や友人の助けを受け、何日もかけ思い出があります。引越しが終わって、自分の部屋が完成した時は感動しました。いずれにせよ、干渉されることがなくなったという喜びは何と表現することはできません。今となっては少し寂しいと考えられています。
家族構成や年代によって家に求めるのは変化ですね。リフォームすれば、ライフスタイルに合わせて考えましょう。二人の生活と子供たちと一緒に生活し、子供が独立後の生活と第2世代の生活の中で、家庭に必要とされるが変わりますよね。家庭に要求することに合わせてリフォームで生活簡単に変えていくといいですよ。
 統一地方選後半戦の市長・市議選が17日告示される。東日本大震災で市役所や投票所に被害が出た水戸市の市長選と市議選は、特例法で延期になったが、日立、取手の両市長選と11市議選は予定通り実施。取手市長選と同日の市議補選も行われる。各自治体は被災者支援と復興対策を進めながらの選挙準備となり、告示直前まで選挙で利用する施設や掲示板の安全確認に追われた。いずれも24日に投開票される。
 ◆投開票所が損壊
 日立市は66の投票所のうち7カ所が損壊。3カ所では18日から2日間でプレハブを建設、ほかは場所を変更する。開票所に予定していた市民運動公園中央体育館はコンクリート柱が圧壊し、応急危険判定で使用停止となり、市立助川中体育館に変更した。
 鹿嶋市も開票所に予定していたスポーツセンターの天井の一部が崩落し、市立鹿嶋中学校に変更。結城市もかなくぼ総合体育館の天井などが損壊したため、開票所を市立公民館に移す。
 常総市は投票所の豊岡公民館、筑西市は嘉田生崎公民館、町長、町議選が19日告示の茨城町は投開票所の中央公民館と投票所の中石崎公民館2カ所が損壊しため変更した。
 ◆ポスター移動
 ブロック塀の倒壊などで、立候補者ポスター掲示板も定位置から移動。常総市では287カ所のうち7カ所、筑西市では389カ所のうち4カ所、茨城町は175カ所のうち22カ所で変えた。鹿嶋市は146カ所を113カ所に減らし、ブロック塀などを避けて設置した。
 ◆直前まで避難所
 広さと安全性から直前まで避難所となった選挙用施設もある。土浦市の開票所、霞ケ浦文化体育館はピーク時で465人の避難者を収容。市選管は3月22日、会場を同市新治支所に変更するとしたが、避難者が4月10日には6人に減り、避難所を閉鎖したことから、同13日、開票所を同体育館に戻すことを決めた。
 古河市は避難所となった投票所5カ所と開票所「とねミドリ館」で変更。開票は市立総和中体育館で行う。
 ◆自粛ムードに困惑
 結城市議会は被災者の心情を考慮して、選挙カーを使った街宣活動を自粛するビラを市の広報と一緒に市内全世帯に配布した。同市中堅議員は「連呼ができないので、駅前や大型スーパーで支持を訴える」と話す。筑西、常総、竜ケ崎市議会などでも市議らが選挙カー使用自粛を申し合わせた。理由の多くは「被災状況や被害者の心情を考慮するとともに選挙経費を節減し災害復興経費に充てる」という趣旨。竜ケ崎市議選は、定数24に現元新31人が出馬を予定する激戦区。知名度の低い新人候補からは「自粛ムードの中でやりにくい選挙だ」とぼやく声がもれる。
 土浦市議会は、各会派の代表者会議で選挙カーの自粛を申し合わせたが、運行時間を午前10時〜午後6時と規定した以外は、名前の連呼の自粛▽適量な音量での運行協力と、努力目標にとどまった。鹿嶋市議会は、各自の判断に任せることで意見を集約した。
 ◆復旧と並行で
 「我々も市職員。震災直後は復旧対応で精いっぱいだった」。行方市や鹿嶋市選管は一時、選挙延期も検討した。茨城町選管も「手続きには遅れはないが、十分に準備できたか焦りはある」と明かす。行方市では「選挙実施はもっと落ち着いてからでも良かったのでは」との声もある一方、「町の活性化のためには予定通りのほうがいい」と考える有権者もいた。

4月16日朝刊

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 北茨城市沖のコウナゴから暫定規制値を超える放射性物質が検出された問題で、茨城沖での漁を自粛していた平潟(北茨城市)、久慈町(日立市)の両漁協が15日、コウナゴ以外の漁を再開した。平潟漁港では、取引価格が震災前の5、6割程度と、従来の3分の1程度に値崩れした今月上旬に比べてやや持ち直した形だ。県漁政課は「検査を続けるうちに問題ないと理解されるようになった。これを機に流通が回復するのでは」とみている。
 平潟漁港では5隻の底引き網漁船が午前1時ごろ出港し、川尻沖から日立沖の水深90メートル付近で操業して午後3時までに港に戻った。どの船からも大型のヒラメやアナゴ、ミズイカ、ヤリイカなどが水揚げされた。「第一高栄丸」の高木延保さん(50)は「価格が安くても漁に出ないとダメだ。しばらくは価格度外視で出る」と意気込む。ほかの船長も「魚を取っていくらの商売で、働けるのは楽しいよ」「水揚げはまずまず。後は値段だ」と話した。60代の男性仲買人は「震災前の価格に戻るには時間がかかるのでは。早く収束してもらわないと」と話していた。【原田啓之、臼井真】=一部地域既報

4月16日朝刊

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