Dec 21, 2009

ビジネスに有用な手段の一つ、"手形割引"

約束手形を満期を待たずにすぐに現金化する場合、割引する方法があるようです。満期前の手形を第三者に許可譲渡し、満期日までの利息と手数料を差し引いた金額の手形を換金できる。それが割引にすることです。一種の債権譲渡ですね。もちろん、満期まで待っている場合よりも受け取る金額は小さくなりますが、早急な必要があればそのような方法もあるのですね。
FX取引が開始されたばかりの頃は、資本規制が甘く、資金不足で倒産してしまうFX業者が出ていました。しかし、2010年2月からは内閣府令の改正により、顧客の預金額、信託の保護が義務化されました。そのため、もしFX業者が倒産した場合でも、投資ファンドは、信託法に基づき保護されることになっています。
 県は16日、潮来市内の6カ所で15日に収穫された玄米を検査した結果、放射性物質は検出されなかったと発表した。同市内のコメは安全性が確認されたとして、出荷・販売される。
 県産地振興課によると、早場米「あきたこまち」などを県の検査機関で調べた結果、放射性セシウム134と137はいずれも不検出だった。
 県内では放射線量が比較的高い13市町村を対象にした収穫前の予備調査と、全市町村を対象にした収穫後の本調査を実施。今回の潮来市の検査は本調査の一環。【鈴木敬子】

8月17日朝刊

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 ◇きょうから
 東日本大震災による津波で校舎が浸水する被害を受けた宮城県の小学生を、東京ディズニーランド(TDL、千葉県浦安市)などへ招待するバスツアーが17日から開かれる。企画した県バス協会県西支部の関係者は「被害にあった子どもたちの心のケアの一助になれば」と意気込んでいる。
 同支部は、飯塚秋男県副議長やJAなどと協力し、ツアー実行委(中山茂委員長)を設立。津波被害を受けた宮城県亘理町立長瀞、荒浜、同県山元町立山下第二、中浜の4小学校の児童、保護者約750人を招く計画だ。
 ツアーの日程は1泊2日で17、18日と18、19日のいずれか。児童たちはTDLで遊んだ後、さしま少年自然の家(境町)やビアスパークしもつま(下妻市)など県内の公共施設に宿泊。その際、バーベキューや郷土芸能の披露を通して地元の子どもたちとも交流を深める。中山委員長は「バスを使って、子供たちの元気を取り戻したい」と話した。【大久保陽一】

8月17日朝刊

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 ◇陸軍飛行場が分断
 国営ひたち海浜公園(ひたちなか市)に隣接する阿字ケ浦海岸。かつては「東洋のナポリ」と呼ばれたが、近年は砂浜が浸食され、福島第1原子力発電所事故の影響もあり、今夏の海水浴客は昨夏の約3%に激減した。「どうしたら白砂青松の風景を取り戻せるのか。30年、50年かかっても、緑あふれる自然豊かな海岸にしていきたい」。旅館経営、黒沢一さん(79)は飛行場建設で地元を追われた住民に思いをはせ、故郷再生を切望する。
 海に向かって左手に東京電力常陸那珂火力発電所、正面に水平線と並行する防波堤、右手には漁港。コンクリートに囲まれていく海辺の町の背後には、緑と花にあふれる公園がある。黒沢さんは「公園と地元の関わりを知ってもらいたい」と、園内に開設された歴史ギャラリー展示用に、江戸時代の面影を残すかつての住居など2枚の写真を提供した。
 ギャラリーに展示された年表によると、1909年、水戸歩兵第2連隊が阿字ケ浦海岸を含む前浜海岸で実弾射撃訓練を実施。以降、陸軍の定期的な実弾射撃練習場所として使われ始めた。公園を含む約1200ヘクタールが軍用地だった歴史は100年以上さかのぼる。それは土地と住民が切り離された分岐点だ。
 実弾射撃練習場所には住民の立ち入りは禁止された。31年の満州事変を機に、軍部や政府の号令で国民の間にも非常時熱が高まり、全国で飛行場用地献納運動が展開された。阿字ケ浦海岸のある旧前渡村では33年に誘致運動が起き、38年に用地買収が始まった。
 黒沢さんは父親から「軍による強制買収だから反対はできない。補償金は1戸につき最大2万円。値段交渉もできず、金は触らせただけですぐに銀行に振り込まれた」と聞かされた。飛行場建設には近隣の農民に加え、朝鮮人労働者も動員された。39年には水戸陸軍飛行学校が開校した。
 用地確保のため立ち退きを強いられた24戸には、代替地として7〜8キロ離れた現ひたちなか市大平の国有林が与えられ、14戸が実際に入植した。だが、道具や肥料などが不十分な時代。開墾には相当な苦労が課せられた。
 見かねた実業家が援助し、それを感謝する「田中市郎兵衛先生頌徳碑」が後に開墾地に建てられた。石碑は15年くらい前にいつのまにかなくなっていたというが、近くに住む伊藤正三さん(88)は「高さ3メートルくらいの石碑だった」と記憶する。石碑には飛行場建設のために故郷を追われた恨みも刻まれていた。
 伊藤さんはつぶやく。「当時のことも、石碑のことも、知る人は少なくなったね」【山崎明子】

8月17日朝刊

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